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18.09.2006

ウイーンの森のハイリゲンクロイツ

Heiligent

 海外旅行に出かけらけるようになる、ずっと以前から『ウイーンの森』という言葉は私の頭の中にずっと焼きついていた。ようやく忙しい仕事の間に、強引に時間を工面して海外に出かけられるようになったのは、もう50代も半ばになった頃。忘年某月、オーストリアを何度か訪れたのち、15日間の予定でオーストリア一国だけを巡る機会を得た。
 その時、ウイーン郊外のウイーンの森を巡り、一番印象の深かったのが、ヒンタービューールの町で、シューベルトが「菩提樹」を作曲した水車小屋を見学したあと訪れたハイリゲンクロイツのシトー派の修道院だった。

《タイトルおよび全部の写真はクリックして大きな画像でお楽しみください》


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 ウイーンの中の道路を森の中を緩やかに屈曲しながら走る。一つの森を抜けると、緑にうずまるように教会の丸屋根を頂いた塔が眼に入ってきた。どうやら目的地に近づいてきたらしい。

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 さらに進むと、ハイリゲンクロイツの町らしい風景がひらける。

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 修道院に近づくが、濃い緑に埋もれるような格好だ。


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 観光バスが数台駐車している広場でハスを下りる。建物の四隅に円筒形の小塔。入り口の脇に四角い台座の上に一人の人物像が立っていた。<誰だろう?>
ハイリゲンクロイツとは「聖なる十字架」の意。ここはレオポルド三世により1133年に創建されたオーストリア最古のシトー派修道院として有名なところらしい。修道院は重厚なロマネスク様式の聖堂と中庭の列柱回廊、ゴチック様式の聖堂の内陣が渾然一体、荘厳、霊妙な雰囲気を醸し出してた。13世紀のステンドグラスは鮮やかな色彩で、草花模様が多い。

Wienerwald (ニーダーエステライヒのバーデンの8マイルの北西部)の既存のシトー派修道会の修道院。それは、彼の息子オットーの依頼によるMargrave通りエル、バーガンディーのMorimundのシトー派修道会の修道院のアボットとその後Freisingのビショップによって1135年に設立されました。彼らの修道院長(ゴットショーク)と一緒のその初の修道士は、Morimundから来ました。Heiligenkreuzは、バーベンベルクの公爵によって、豊かに資産を贈与されました。15、16世紀の間に、それは流行、洪水と火事によってしばしば危険にさらされて、1529と1683年のトルコの戦争の間に、ひどく苦しみました。ほとんど全てのその修道院長は、信心と学習で有名でした。1734年に、ハンガリーのサンゴタール峠のアビーは、チャールズ VI天皇によってHeiligenkreuzに譲られたが、連れ去られて、1778年にZirezのハンガリーのアビーと団結します。その位置では、ウィーナー-ニュースタットのNeuklosterの修道院は、1880年にHeiligenkreuzに取り付けられました。 Heiligenkreuzの教会は、建築の2つのスタイルを結合します。クワイア(13世紀)(それは最初の教会の拡張です)がゴシックである間、身廊と袖廊(1187を捧げました)はロマネスク様式です。クワイアの13世紀のウインドウ絵は、中世の芸術で最も美しい残りのいくつかです。以下のシトー派修道会の修道院は、Heiligenkreuzから彼らの初の修道士を迎えました:1138年(まだ既存の)のニーダーエステライヒのZwettl;1142年(1526年に終わりました)のハンガリーのCzikador;1142年(1784年に終わりました)の北部オーストリアのBaumgartenberg;1194年(1526年に終わりました)のハンガリーのMarienberg;1206年(まだ既存の)のニーダーエステライヒのリリエンフェルト;1263年(1785年に終わりました)のボヘミアのGoldenkron;1327年(1785年に終わりました)のStyriaのノイベルク。Heiligenkreuzは、50,000のボリュームとそれ自身の神学上の神学校と大学の図書館を持っています。その52人の聖職者は、修道院に属している22の教区の情勢を教えて、管理することに従事しています。 『この項「カトリック百科事典」より』


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 修道院の正面入り口。 第一印象は、修道院というより学校の校舎への入り口といった感じ。建物全体を覆うベージュ色の壁面に、重厚な石造りのファサード、多大きなアーチの入り口。

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 中庭を囲む建物には、学校の校舎に似たベージュ色の棟と、中庭に面したところにロマネスク風の大きなアーチが連続している回廊になっているところもある。大きく枝を広げた樹が何本か固まっている一角に、まるでウイーンのグラーベンに立っているペスト記念柱のようなモニュメントが立っていた。ただ金色に輝く銘板といい、幾層もの人物像といい、宗教的なモニュメントらしい気配。


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 モニュメントの基壇部と上部二層の拡大。


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 モニュメントの基壇部と上部一層のみの拡大。

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 校舎か寄宿舎に似た建物のファサード。他は二階建てだが、ファサードのところだけ四階建てに見える。


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 ファサード上部には三っの窓が三角形になっていた。


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 ファサード入り口の庇に当たる部分の飾り。

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 ファサードの前から先ほどのモニュメントを、大きな樹々ごしにモニュメントのほうを振り返る。向うの並びの建物は列柱回廊のロマネスク様式のアーチが続いていた。

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 ファサードの入り口を入ると、小さな中庭。向うに見えている一階の窓は半地下の廊下になっていて、すべての窓はステンドグラスになっていた。

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 アーチ形の窓は上に大き目の丸窓の両側にやや小ぶりの丸窓、二段目は小さな三つの丸窓、下に長方形の窓という組み合わせで構成されている。

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半地下になっている中庭に面した廊下の窓の一つは丸窓で、部分に淡色が使われているだけで、花模様の他の部分は、白い線画のみでかえって清々しい感じを受けた。

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 修道院の付属教会の祭壇のゴシック様式の窓のステンドグラス。尖頭アーチ部分は暗い背景に浮き出したカラフルな花模様。その下の長方形の部分は明るい幾何学模様、祭壇の十字架が黒く浮き出していた。


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 ハイリゲンクロイツのシトー派修道院の付属教会の側壁のステンドグラス。上部のゴシック様式の上部は、正面祭壇のものと同じだか、下部の4列になった長方形窓は、4列の両サイドの模様はブルー、オレンジ、レッドの色鮮やかな花柄模様。中央の2列は聖者<多分?>の文様。


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 反対側の大きなゴシック尖頭アーチ窓は、上部はよく似た花柄の模様ながら、配色が少し異なっている。下の長方形4列の窓は図案化された花文様。


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 二つ上のステンドグラスの2列の聖者像の部分を拡大してみた。


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 同上の聖者像の両外の列の図案化された花文様。よく見えるように、もともと縦のものを横位置にした写真。見事なデザインと鮮やかな色彩がご覧いただけると思う。


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 いったん半地下の廊下から中庭に面したアーチ回廊に出た。アーチ回廊の天井はベージュ単色のものだが、石の配置が清々しく美しかった。


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 回廊から先ほど通ったところとは異なった別の中庭に出て、今通ってきた廊下のステンドグラスを見たところ。今まで見てきた色彩に溢れる図柄はデザインの構成する単なる線となっているが、真っ白な壁面とよくマッチし、たくさんの赤い花をつけたバラの木の背景に似合っていた。


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 ガイドさんに連れられて次に入った半地下の通路には、この修道院で亡くなった昔からの代々の院長たちの墓所になっているらしい。国により、宗派により、あるいは時代によって先人たちの埋葬の方法は様々、身廊の床の下に埋葬されたくさんの信者、観光客たちに踏まれ続けている墓所、トルコのコンヤで1924年まで旋回舞踊で有名なメプラーナ博物館では、入り口から入ったところ<モスク同様の広い場所>に、修道僧たちの棺がずらりと並べられたりしていた。お棺の頭のところに大きなターバンが飾られていたのが、珍しかった。キリスト教の大きな寺院で、祭壇の奥の回廊にたくさんの礼拝堂があり、そこには先輩の僧たちの墓所になっているものもあった。
 また祭壇の地下に墓所が作られているところも多かった。

 だが、ウイーンの森のハイリゲンクロイツ修道院では、ご覧のような死神・・・骸骨に守られ立派な黒塗りの棺に納められ、礼拝所を設けられた部屋が、幾つも<何部屋も>並んでいるところは始めての体験だった。
 骸骨は踊るような格好で、頭の上の大きな燭台を載せいてる。

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 上に布切れをまとった骸骨の拡大写真。


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 同じ部屋の写真。タテ位置での撮影。


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 次の部屋の燭台の骸骨を背景を壁面にして撮影。前の部屋の骸骨と、ポーズが少し異なっている。


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 隣の部屋の最奥の中庭に面した丸窓のステンドグラス。


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 2番目の部屋の交差穹窿。聖人像がフレスコ画で描かれていた。


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 修道院のもう一つの礼拝堂。天井は高くゴシック様式の交差穹窿は簡素。燦然と輝く祭壇の十字架が眩しい。


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 礼拝堂の隣の部屋。バロック様式あるいはロココ様式の天井装飾。いろいろ変形された枠内にフレスコ画が描かれ、左側には艶やかに塗られて光る木材で背もたれにも浮き彫りのある座席。何か会議にでも使われたものであろう。


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 先ほどの礼拝堂の右手の台の上には幾つかの小礼拝堂が見える。


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 さっきの礼拝堂の光り輝く黄金の十字架は「十字架上のキリスト」だった。


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 聖堂の年代もののパイプ・オルガン


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 聖職者の居並ぶ座席の高浮き彫りの装飾。

                〔この項おわり〕

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